可搬型移動無線基地局車

この記事の内容は1年以上前に書いたものです。現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。

昨日、JR大宮駅構内を歩いていたら「防災フェア2008inさいたま」の案内ブースがありました。少し時間があったので会場まで出向いてみたら、ドコモ埼玉支店の移動基地局車が展示してありましたので撮影してきました。
防災2008さいたま
防災2008さいたま2
<可搬型移動無線基地局車>
◆車両形状
・595×227×297(cm)
・7415kg
・4770cc
・排出ガス適合
◆発電機
・20KVAエンジン(200V)
・燃料タンク 200L
・軽油(車両タンクと共有)
・24時間(最大負荷時)
◆その他
・アンテナ高 地上11.5m
・通話可能人数 約300人
 (アンテナの高さにより変化する)
・一般家庭 約3戸分の電気

新横浜にて

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新横浜
久しぶりに東海道新幹線に乗りましたが、新横浜駅停車中、駅の東側にFOMAリピーター局を発見しました。
アンテナの方向は新幹線の進路です。こんなところにも導入されてきているんですね。詳細不明ですが、停車時間に撮影してみました。

東京電力渋川支社屋上@2007年12月

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4年前に東京電力渋川支社屋上鉄塔の記事を書きましたが、今月上旬から再度クレーンが上がり、CDMA方式のアンテナが変更されました。
CDMA渋川局
これが新しいアンテナです。
この鉄塔の近くには渋川諏訪ノ木局という2G-1x方式の局がありますので、写真のアンテナは800MHz用と推測できます。
12月1日に新しいアンテナを取り付ける工事があり、翌週旧アンテナは撤去され新アンテナが稼働したようです。
以前は複数方式のアンテナが取り付けられており、アンテナウォッチが楽しめたのですが、時が経ち随分スマートになってしまいました。
それでも心に残る局のひとつです。
CDMA渋川局2

東京電力渋川支社屋上

この記事の内容は1年以上前に書いたものです。現在は状況が異なる可能性がありますのでご注意ください。

渋川市にある東京電力渋川支社(以下東電渋川)屋上には、IDO時代からのアンテナが多数設置されていました。2003年11月、CDMA方式を残してすべて撤去されてしまいましたので、今ではその姿を見ることはできません。そこで珍局訪問記としまして、東電渋川の過去の様子をレポートします。
東電渋川1
南東方向から見た東電渋川の全景です。携帯電話用の通信アンテナの他に、自社マイクロ回線用のパラボラアンテナ(前橋方向向け)も確認できます。東京電力群馬支店のホームページには「うすいベージュ色コンクリート壁3階建、屋上にクリーム色のマイクロ鉄塔あり」と紹介されています。屋上にはCDMA局舎、PDC局舎、その他の局舎が確認できます。
(2003年11月16日 撮影)
東電渋川2
CDMAの局舎にはGPSが設置されていますのですぐに確認できます。
よく見ると「KDDI株式会社 CDMA渋川局」という表記が確認できます(下図参照)。かなり読みにくいですね。
東電渋川2-2
(2003年11月16日 撮影)
東電渋川3
東側(渋川駅側)から見た写真になります。携帯電話のアンテナは左図のように(1)〜(4)に分類されます。
(2001年12月23日 撮影)
東電渋川4
(1)はCDMAサービスが開始された後に増設されたアンテナですので、CDMA用のアンテナだと思っていました。CDMA用のアンテナも、PDCで一般的に採用されていた筒状のものが多く確認されていますので、それを同様のものだと判断していました。
ところが2003年11月22日に撤去されてしまいましたので、これはPDCの標準型筒状アンテナだった事になります(これが珍局に選定した理由です)。CDMAサービス開始後に、PDCアンテナを増設した例は非常に少ないようです。
(2003年11月16日 撮影)
東電渋川5
(2)はCDMA偏波ダイバシティアンテナです。CDMAサービス開始直前に設置された記憶があります。これ1本で渋川市街地をエリア化できるものか不安でしたが、市街地〜直線で約5キロ離れた利根川にかかる坂東橋付近までエリア化しているようです。ちなみに東側にしか設置されておらず、西側の高台にある我が家はここからの波は拾いません(位置情報で確認済み)。
CDMA方式での位置情報は、最初に到達した波から交換機の情報を拾うようです。そのため、複数の基地局を拾う環境で位置情報を取得した場合は、状況によって何度も変化しますが、我が家(西側約2キロ)の場所で、東電渋川の位置情報を拾った回数は非常に少なく、約5キロ離れた東側の局(CDMA北橘村局:北橘村下南室)、約6.5キロ離れたさらに東の局(CDMA持柏木局:赤城村持柏木)をメインとしていたようです。
そのため、電波状況が非常に悪く、auお客様センターに問い合わせをしても、ビルの高層階に居るような現象なので改善できません、と言われてしまいました(2003年9月)。
(2001年12月23日 撮影)
東電渋川6
(3)は私が基地局に興味を持つ前から設置されているもので、他の基地局サイト等に掲載されている情報を参考に判断すると、アナログ時代に利用されたTACSのアンテナだと思われます。とてもユニークな形状です。こちらも2003年11月22日に撤去されました。このアンテナだけが、唯一東西南北の全方向に設置されていました。
(2001年12月23日 撮影)
東電渋川6-2
普段は見ることができない屋上にある局舎です。撤去時に撮影しました。駐車場に停車中の大型トラックに積まれた直後の様子です。偶然道路側を向いていた撮影することができました。「たっく渋川局」の表記も当時の局名を知る貴重な資料ですね。
(2003年11月22日 駐車場にて局舎撮影)
東電渋川7
(4)はPDC、CDMA、TACSと存在しましたので、消去法で言うとHICAP方式になると思いますが、やはり(1)が存在しなかった頃からPDCが利用できましたので、こちらも標準的なPDCの筒状アンテナと判断しました。このアンテナは東側にしか設置されていませんので、渋川駅方面には良く飛びます。ただし北側にあまり飛ばなかったのが印象的でした。
私がIDOのPDC端末を所有していた頃は、北方面でも快適に使えた記憶があります。もちろん自宅がある西方面でも弱電界ながら使用できました。これは(1)のアンテナが作用していたものと推測できます。この(4)は、トラフィックの多い市街地、駅方面に向けたPDCアンテナだったようです。
そこで気になるのが、旧方式のHICAPはどこに設置されていたかということになりますが、私が基地局に興味を持った頃はすでに現在と同じ組み合わせになっていましたので、恐らくその前に撤去か交換されているものと思われます。当時の資料が少ないので断定できません。
(2003年11月16日 撮影)
東電渋川8
ついにCDMA方式を残して、他のアンテナ、局舎が撤去されてしまいました。カメラの撮影テストを兼ねてアンテナ部分のアップを撮影した1週間後の出来事でしたので驚きました。東電渋川の休業日である土曜日に作業を進めたようで、約1日ですべての作業が終わりました。現在では東側にCDMAの偏波ダイバシティが1本あるだけですので、非常に寂しい姿となっています。
撤去作業当時は、朝から仕事で出かけていました。午前10時頃から作業が始まったのを確認し、なんとか日没前に写真を撮りたいと思い慌てて渋川に戻ってきました。午後4時、強風の中、慎重に作業する姿を撮影し、最後を見届けることができました。
(2003年11月22日 撮影)
東電渋川9
伊香保温泉方面から渋川市街地方面に進むと、正面に大きな鉄塔を見つけることができます。写真は西側から見た東電渋川の様子です。ぜひ伊香保にお越しの際は、東電渋川の鉄塔をご覧になって下さい。
(2003年11月16日 撮影)